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2010 年 2 月 28 日 のアーカイブ

貝が美しく輝く真珠をつくる理由

 

真珠は光りのあたり方で本当に美しい輝きをしていますが、不思議ですね。海の中でしかも貝の中に埋もれているので光り輝く性質を持つ必要もないのに不思議な感じがします。この研究から人の骨や歯を再生する話題に発展するアイデアなども原理原則が見えてくることによる応用がいろいろと出てきますね。光り輝く真珠歯で魅力的なセレブになるかもしれないかも...興味ある記事がありましたので紹介します。

異物を結晶化、体を守る

古代エジプトの時代から珍重されてきた真珠。二枚貝のアコヤガイに人口の核を押し込み、貝の分泌物によって丸い真珠を作る養殖技術が日本で生まれたことはよく知られる。

最近の研究で真珠の光沢を生むカギとなるたんぱく質が見つかった。だが、貝はそもそもどんな目的で真珠を作るのか。その謎は解けていない。

真珠の輝きの秘密は炭酸カルシウムでできたアラレ石という結晶と、糖の仲間であるキチンが相互に重なった「真珠層」という多層構造にある。それぞれの層の厚さは光りの波長とほぼ同じ数百ナノ(ナノは10億分の1)メートル。光りが当たると層の境目で反射し、空に架かる虹と同じような原理で、光沢が生まれる。

アコヤガイは真珠を作るだけでなく、もともとからの内側に真珠層をもっている。真珠層はほかの貝にもあり、南欧料理などでおなじみのムール貝(ムラサキガイ)の殻の内側が七色に輝いて見えるのも、このためだ。

東京大学農学生命科学研究科の長澤寛道教授らは、アコヤガイでえは2種類のたんぱく質が働いて真珠層を作ることを突き止めた。キチンにくっつくたんぱく質と炭酸カルシウムを集めるたんぱく質が交互に働き、重なった層ができるという。

その目的は「生体防御のためではないか」と長澤教授は推測する。砂粒や寄生虫などの異物が貝殻の中に進入し、貝が自力では排除できないとき、無機物で異物を塗り固め、悪さをしないようにするとの見方だ。

実際、異物を外へ押し出しやすい貝殻のへりには真珠層がなく、別の結晶構造になっている。貝は部位によって結晶を作り分けているらしいが、その仕組みはまだわかっていない。

体の内外に結晶を作るのは貝など軟体動物だけではない。カニやエビなどの外骨格(殻)、魚のウロコ、ヒトを含む脊椎(せきつい)動物の骨やはも鉱物結晶だ。

この結晶をつくる働きは生物の種類が違っても、共通の原理があるに違いないと長澤教授は話す。真珠に光沢をもたらすたんぱく質の発見は、養殖真珠の品質向上に応用が期待される。

もし生物に共通する原理が見つかれば、人の骨や歯を効率よく再生させる研究に役立つ日が来るかもしれない。(日経 2/28)

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世界ゴルフ殿堂入りの回想録

 

今日の記事でジーンとこみ上げてきた記事がありました。プロゴルファー青木功氏が2004年に自身が世界ゴルフ殿堂入りしたときの自身のことが書かれていました。日経新聞の最終ページにある「私の履歴書」で今月は青木功氏の連載で、毎朝楽しみにこのページを見ています。今日はその中で最も感動した内容で、非凡が才能がある上にゴルフが上手くなるために心技体ではなく体技心を持論としてどんなトレーニングでも努力を惜しまない姿勢はプロの中でも一目を置かれていると思います。特に殿堂入り式典でのスピーチで自身が本音で語っている部分は、会場の盛り上がりも見えるような臨場感が伝わりましたね。どんなに良いことを話すよりも、自分の本音を語ることが相手の心を引き付けますね、私も引き付けられました。ところで、私もゴルフをやりますが今まで知らなかった醍醐味や楽しさやマインドで変えられることを教えてもらいました。私も次回のゴルフから変わると良いのですが...私の備忘録の一つとしておきたい記事です。

 

献身的な妻が原動力に 母を奪って娘に「ごめんね」

(前省略)翌年の正月に米国から電話があった。娘のジョエンが電話に出て「お父さん、ゴルフの殿堂というのがあるの?お父さんが殿堂入りしたって」「うそだろう」。驚いたのなんの。女房もこの時ばかりは「結婚して、一番嬉しかったこと」と言ってくれる。

2005年に選ばれた岡本綾子プロと同じ「インターナショナル部門」出の授賞だった。

何で選ばれたのかと考えた。そうか、ハワイアンオープン勝っているからかな、とも思ったが、いや、そうじゃない。ぶちのめされても、ぶちのめされてもアメリカに行った。それが理由で選ばれたのかなという思いがあった。

11月、米フロリダ州のセント・オーガスティンにあるワールド・ゴルフ・ホール・オブ・フェイム(世界ゴルフ殿堂)で式典が行われた。

グレグ・ノーマンに紹介され英語で感謝の気持ちを述べる。緊張で息が詰まりそうになり、ポンと一つ胸を叩いた。日本語で「貧しい農家に生まれアルバイトキャディーをしていた私にとって広い世界を自分の目で見たいというのは大きな夢でした」などと語った。ジャック・ニクラウスとの1980年の全米オープンで「私は人生の中で最高のプレーをした。しかし一度も隙を見せてくれず驚きと自分の常識を超える選手がいる世界の広さを痛感した」とも述べた。

世界中のファンやトーナメントのボランティアの皆さん、自分を生んでくれた両親やこれまで支えてくれた多くのスポンサー企業に深甚の感謝の言葉を続け、そして「ワイフのチエ」を最大の理解者であり献身的な努力を続けてきてくれたと紹介した。

「ゴルフさえしていればよかった私はスーツを着てパーティーに顔を出したりするのは大の苦手で、嫌がる私を引っ張り出す彼女とはよく衝突しました。しかし、振り返ってみると、そんなゴルフコース以外のツアー生活がトーナメントで自分の力を出すための大きな原動力となりました」。正直な胸の内だった。

「サム・スニードはこの世界で勝てないものは3つある、雷とベン・ホーガンと下りのパットだと言ったそうです。私にとって下りのパットはさほど怖くはありませんが、ジャックとチエにはいまだに勝てません」。ここでどっと沸き、笑いと拍手に包まれた。

最後に、と付け加えたのは次の言葉だった。

「私のわがままでマミーまで独占してさみしい思いをさせてしまった娘のジョエンに」といいかけて涙が落ちそうになった。何とかこらえて「ありがとう。アイ・ラブ・ジョエン」と語りかけた。スピーチは終わった。

米国に行くために女房を帯同するので、子どもは親のそばで育っていない。殿堂入りの晴れの舞台から「ごめんね」と謝った。家族で抱き合って泣いた。良くあそこで自分の本当の気持ちをさらけ出せたと思う。世界各国に報道されたのは想定外だった。(日経 2/27)

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